論 考

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コロナ後の日本社会の課題― 「選択する未来2.0」を踏まえて

はじめに―コロナ危機と選択する未来2.0委員会の提言

 内閣府は、2020年7月1日「選択する未来2.0」懇談会(座長、翁百合)中間報告を公表した。本稿は、中間報告で行われている分析や、提言されているコロナ後の社会像とそのための課題を紹介しつつ論じたい。

 経済財政諮問会議のもとで提言を公表した「選択する未来」委員会は、2015年に少子化の流れの反転、東京一極集中の是正、生産性の飛躍的向上の三つの目標を掲げ、これらについて2020年初頭までにジャンプスタートすることを提言した。「選択する未来2.0」懇談会は、その検証を目的に2020年3月に設けられた。検証結果は以下の通りであった。まず、2019年の合計特殊出生率は1.36に低下し、政府の掲げる希望出生率1.8を大きく下回っている。また全要素生産性は、2002~12年の平均が0.9%であるのに対し、2013~19年は0.6%と低下しており、この結果、潜在成長率は1%を下回る状況が継続している。さらに、全国に占める東京圏の人口割合は、2000年の段階で26.3%であったのに対し、毎年0.13%ポイントずつ増加し、18年の段階では28.7%であり、東京集中への流れは変わっていない。他にもデータによる政策評価の結果、本懇談会の中間報告では、2015年に提言されたジャンプスタートは実現できなかったと結論づけた。しかし、これらの目標の重要性は全く変わっておらず、むしろ日本社会の長期的な持続のためには一層これらを強く認識して、政府のみならず社会全体として取り組む必要があることを指摘している。

 その一方で、3月以降新型コロナ感染症が拡大し、政府は東京都などに4月7日に緊急事態宣言を行い、テレワークやオンライン教育を始まるなど、人々の生活が激変した。こうした事態を受けて、本懇談会は、5月末から6月初にかけて1万人に対するアンケート調査を実施し、大きな意識変化が生まれたことを確認した。この結果、上記三つの目標達成について、様々な政策を実現する機会として生かすべき、との問題意識が中間報告には強く反映されている。すなわち、新型コロナウイルス感染症による危機を社会変革の契機と捉え、日本社会を一気に前進させる改革を進めるべきであり、こうした改革の機会は次はない、といった危機感も書き込まれ、具体的な提案を行っている。

 

コロナ禍で起こった人々の意識変化

 参考にした内閣府のアンケート調査結果の概要は以下の通りである(詳しくは、内閣府(2020)を参照)。まず、テレワークについては、5月末~6月初の時点で、全国の42.2%が実施しており、通勤時間が変化した人が東京都23区で56.0%にのぼり、そのうち72.7%もの人が今後も通勤時間の減少の継続を希望している。テレワーク実施者に聞いたところ、テレワーク利用拡大のための様々な課題を感じていること判明した。例えば、社内の打ち合わせや意思決定の改善、ペーパーレス化、社内システムへのアクセス改善などを指摘する声が多く、デジタル化や仕事の仕方自体の見直しの重要性に意識が向いたことがわかる。デジタル化についての意識は、シニア層にも広がっており、60歳以上のビデオ通話に関心はあるがパソコン、スマホ等の使い方がわからず利用しない人のうち、60.6%の人が今後は利用してみたいという希望を持っていることも判明した。

 また、ワークライフバランス意識も大きく変化している。家族・仕事の重要性について尋ねたところ、全体の49.9%の人たちが、家族の重要性をより意識するようになったと返答している。さらに子育て世帯に対して、家族と過ごす時間の変化を尋ねたところ、70.3%の人たちが家族の時間が増加したと返答し、そのうちの81.9%が今後もこれを保ちたいと回答している。具体的な家事・育児の役割分担の工夫について、感染症前よりも工夫するようになった人の割合が34.1%となり、そのうち今後も役割分担の工夫を継続すると答えた人たちが95.3%にものぼっている。

 さらに、20歳代の人たちに地方移住への希望変化をたずねたところ、東京圏では27.7%、東京都23区では、35.4%の割合で地方移住への関心が高まったと答えている。

 以上のように、コロナ感染症の広がりは、人々にデジタル化の必要性、仕事の仕方の見直しの必要性、ワークライフバランスについての根本的な見直しの必要性、東京一極集中のリスクなどを感じさせる極めて大きな契機となったことが確認できた。

 

今後数年間で集中的に必要な政策とニューノーマルの姿

 こうしたアンケート調査などをもとに、中間報告では、ここ数年で取り組むべき四つの課題を指摘している。教育、企業・社会の仕組みや慣行の変革、デジタル化の推進、人的投資をはじめとする無形資産への投資拡大、加えて格差拡大を防止するための包摂的な支援である。

 特に行政の給付金手続きの遅れなどは、人々にデジタル化の遅れについて広く認識させる結果になったが、日本の行政手続きオンライン利用率は7.3%(2018年)とOECD諸国でも30位に甘んじている。まずデジタル化を推進し、仕事の仕方や働き方についての規制、慣行を変革することは緊急の重要課題である。また、コロナ禍は極めて不確実性の高い世界に我々が生きていることを改めて感じさせるものであった。リスクへの耐性、強靭性を保つには、変化への対応力、創造力が必要であり、そうした人材を育成する教育の在り方の見直しが極めて重要との認識も指摘されている。さらに、コロナ禍で企業が大きな打撃を受けており、非正規社員を中心に影響を受けていることから、今後格差拡大を防ぐための対応や、多くの企業が危機対応を迫られている中で長期的には人的投資をはじめとする無形資産投資の維持拡大が重要であることも指摘している。

 そのうえで実現していくべき、コロナ後の望ましい「ニューノーマル」社会とは、創造力を持ち合わせたが多様な人材がイノベーションを起こす、失敗への許容力が高い社会、自由度の高い働き方や暮らしを実現して豊かさを感じられる社会、デジタル化の恩恵が享受でき、共助の価値が大切にされ、多様な人々にセーフティネットが提供される社会、グローバルにも貿易や投資のメリットを享受できる社会であるとしている。

 そのために現時点から中長期的に社会横断的に取り組むべき課題を、上記四項目に加え、新たな国際協力の在り方の構築、SDGs等のグローバルな課題への対応にリーダーシップと発揮することとしている。加えて、人々の暮らしの豊かさと柔軟化の実現、経済活性化、地方活性化の三つの分野について、データを検証しながら、具体的な施策を書きこんでいる。具体的な分析と課題については表1の通りである。

 今後政策の実現にあたっては、データ検証によるEBPM(エビデンスベースドポリシーメイキング)、すなわち政策を検証して修正していくことの重要性も強調している。

 

        表1 「選択する未来2.0」中間報告で提言された課題と施策

   (資料)懇談会中間報告より筆者作成

 

多様な働き方の選択肢の拡大と少子化への対応

 以下では、三つの分野毎に、現状の分析と今後の課題を概観する。

わが国では、正規社員は勤続年数が長いほど賃金が高い年功序列となっているが、非正規社員は300万円の壁といわれ、長年勤めても年収が上がることがないばかりか、人材教育の機会も享受できない問題もある。こうしたこともあって、労働生産性上昇率の要因分解によれば1980年代までは労働の質の上昇が寄与していたが、90年代以降その寄与が殆どない。若者が安心し、所得向上を図るための施策は少子化対策としても重要であり、非正規社員などの若者のキャリアアップ支援やジョブ型採用を広げ、仮に失業しても職業訓練、教育などによって新たな就職を支援するようなセーフティネットに変える必要性を指摘している。

 また、現在共稼ぎ世帯が全体の66%を占めるにもかかわらず、男性育児休暇取得率が7%台と極めて低いことも問題であり、この取得率引上げなどにより性別役割分担の意識改革の必要性を強調している。加えて、2012年以降女性の社会進出が進み、いわゆるM字カーブ問題(女性が30代の子育て期に仕事を離れざるを得ない)は解消したが、女性の正規雇用率は、20代をピークに右肩下がりの状況となっており、いわゆるL字カーブの問題が顕在化している。また日本では男女の労働時間差が大きいばかりでなく、女性の労働時間が二極化している。長時間労働の女性と短時間労働の女性の二極に分かれる傾向は、ドイツ、イタリアといった少子化の国でもみられ、少子化問題を克服しているスウェーデンなどではみられない。このことは、女性が30代前後の生き方の選択肢が少ないことを意味しており、そうした事実確認に基づき、女性社員の正規化や柔軟な働き方を促す重要性も指摘している。子どもを産み育てやすい環境、男女がともにワークライフバランスを実現できる環境整備は日本の未来にとってきわめて重要である。さらに、人生百年時代となり、40代ミドル層をより活性化していく必要性も触れている。

 

経済活性化と地域活性化

 日本経済の最大の課題は付加価値生産性の向上であるが、そのためには、人材育成やデジタル化を推進することが欠かせない。初等教育から大学、大学院教育まで、個性を伸ばし創造力のある人材、OECD諸国の中でも大学入学者に占めるウエイトが小さい理系人材の育成が求められる。

 日本の中小企業については、その生産性の低さが指摘されることが多いが、全要素生産性の高い企業が退出し、低い企業が残り続ける傾向があること、企業年齢別の割合をみると、欧米諸国と比較すると、企業年齢の長い企業の割合が高い傾向が長く続いていることなどを示す研究がみられる。このことは、意欲ある中小企業のデジタル化や人材育成を支援し、ベンチャー企業を支援する重要性を示唆している。また、大企業も、デジタル化を推進するためには人材育成が重要であり、年功序列を脱し、女性や若者など多様で潜在的力のある人材をもっと生かす方向へと転換させていく必要がある。また、SDGsに沿った経営が今こそ求められており、若者や子どもたちを重要なステークホルダーと考える経営への舵を切る必要性もある。

 地方活性化は、コロナ禍によって、人々の意識が地方に向き、しかもテレワークなどが自在にできるようになった今こそこれを推進する機会と位置付けている。地方活性化実現のためには、スマートシティを核として各地域が連携する姿を描きながら、地域の自治体、企業、大学、銀行などのエコシステムが独自性のある取組を推進する必要性に触れている。地方大学の活性化、高等専門学校などの優秀な人材や、地方のものづくり企業にAIのオンライン教育などで新たなビジネスモデルを構築できる仕掛けを考えること、地域において再生エネルギーに一段と注力することなど、兼業、副業を生かした二地域就労を支援すること、など様々な提案もなされている。

 

今後の検討課題

 選択する未来2.0中間報告は、2020年の「骨太の方針」にもその提案が反映され、現在、菅政権でデジタル化、少子化対策などの具体的な課題の取組が始まっている。本中間報告で、強調されていることは多様性の尊重であり、各施策を相互に関連づけて取り組むことにより、地域活性化、付加価値生産性の向上、そして少子化の流れを変える方向に結びつくことが期待される。例えば、地方で子育てをしながら、テレワークで自由度高く多様な人材が働きやすい環境を創る取組みを実現していく必要がある。改革には困難を伴うが、持続可能な未来の社会システムの姿を国民と共有しながら政治的に既得権益者を説得して進めることが求められる。また、なすべき施策は多いが、財政制約がある中、どのような優先順位で実現していくかも極めて重要な検討課題だ。

 中間報告では、国際的には、トランプ大統領のもと、米中対立が深刻化する中で、長期的な持続に不可欠なグローバルな地球規模の課題をどのように解決していくかなど、時間の制約もあって書き込むことができていない。地球温暖化や環境破壊によって生物多様性の保護が難しくなっていることが、コロナ禍をもたらしたとも指摘されている。欧州は既に6月頃より脱炭素2050年を実現する成長戦略を加速しているほか中国の取組も早く、世界はグリーンリカバリーに向けて大きく舵を切っている。わが国も10月に入り、菅新首相が2050年までの脱炭素社会の宣言をしたが、脱炭素への道は容易ではない。新たな制度設計、エネルギー政策の抜本見直し、各企業の新規投資促進など多くの課題が山積しているが、一つ一つ着実に取り組む必要がある。

 

参考文献

内閣府(2020)アンケート結果

https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/shiryo2.pdf        

「選択する未来2.0」懇談会中間報告」(2020)

https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/index.html

翁  百合

翁  百合

株式会社日本総合研究所理事長