論 考

論 考

コロナ禍からの復興を契機とし脱炭素社会への移行を

 新型コロナウイルスと気候変動問題は、いずれも人類の生存に関わり、国際社会が協調して取り組むべき喫緊の課題である。そしてその背景には経済のグローバリゼーションと都市集中が深く関わっている。コロナ禍は依然として猛威をふるっているが、一方で気候変動がもたらす被害は、コロナ危機の被害よりはるかに甚大かつ長期に及ぶ。パンデミックが起こりにくく、気候危機を回避できるような経済社会への早期移行が必要だ。そして「グリーンリカバリー(緑の復興)」、すなわちコロナ禍不況を経済復興対策と脱炭素社会の実現に向けた契機とすべきだ。そしてそのことによって日本社会の新たな発展も望めるのである。

 

はじめに

 私たちの健康で安全な生活そして持続可能な経済活動も実は健全な地球環境があってはじめて成り立つ。ところが、その地球環境が無秩序な開発や「気候危機」によって破壊され、生態系崩壊の趨勢は経済活動のグローバル化により加速している。新型コロナウイルスなど未知のウイルスの発生やまん延など、感染症リスクの高まりの背景には生態系の破壊と人と自然のかかわり方の変化があることが専門家により指摘されている。

 国連環境計画(UNEP)は、「4か月ごとに新しい感染症が発生し、そのうち75%が動物由来である。動物から人へ伝播する感染症は森林破壊、集約農業、違法動物取引、気候変動などに起因する。これらの要因が解決されなければ、新たな感染症は引き続き発生し続ける」と報告している[i](注1)。

 新型コロナウイルス禍(コロナ禍)は、生態系崩壊の危機が人間生存の危機につながり、こうした危機に対して社会と政府が適切に対応する準備ができていないことをさらけ出して。さらにそれらの危機が社会の不平等と格差によって増幅されている。感染症の影響を最も受けるのは、社会的弱者や貧困に苦しんでいる人々である。

 コロナ禍に伴う危機(コロナ危機)への対処には、科学の知見に基づき正確にリスクを把握し、それに備えることが重要である。ところが新型コロナウイルスそのものについては、まだまだ科学的に未知なことが多い。

 このような状況の下で、現在急を要するのは、①国民の生命と健康を維持するための感染症対策、②それに伴う経済社会活動の混乱の抑制と再生、③国民経済と生活の中長期的な安定的維持、である。

 他方、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)に代表される気候科学が伝えるところによれば、気候変動がもたらす被害は、コロナ危機の被害よりはるかに甚大かつ長期に及ぶ[ii](注2)。新型コロナウイルス感染症と気候変動問題はいずれも人類の生存に関わり、国際社会が協調して取り組むべき重要問題である。そして長期的視点からパンデミックが起こりにくく、気候変動の危機を回避できるような経済や社会、すなわち脱炭素でレジリアントな社会(自然災害などに対して回復力や抵抗力のある社会)への早期移行が必要だ。

 パンデミックが起こりにくい社会を構築し、同時に気候危機を回避する取り組みとして、現在国際的に提唱されているのが「グリーンリカバリー(緑の復興)」や「ビルドバック・ベター(より良い復興)」などと呼ばれる考え方である。本稿ではグリーンリカバリーに関する世界の主要動向を紹介し、日本の課題を考える。

 

欧州グリーンディールと「次世代EU復興基金」

 EUは2019年12月に「欧州グリーンディール」(EGD)を公表した。EUはその後のコロナ禍による景気後退にもかかわらず、EGD を堅持し、着実に推進することを明らかにしている。

 EGDは、経済や生産・消費活動を地球と調和させ、人々のために機能させることにより、温室効果ガス排出量の削減(2030年に55%削減、2050年に実質排出ゼロ)に努めるとともに、雇用創出とイノベーションを促進する成長戦略である。金融や社会政策(公正な移行)、競争政策なども含む包括的な成長戦略であり、クリーンエネルギー技術への投資、建物やインフラ改修、運輸やロジスティクスのクリーン化、公正な移行基金などが含まれる(図1 EGDの概念図 参照)。

 

図1:EUグリーンニューディール概念図

 

 EGDは環境保全への取り組みを通じて成長を生み出す経済システムへの転換を意図している。そしてパリ協定が求める「脱炭素経済」を創出、軌道に乗せることが、21世紀において持続可能な経済発展を遂げる唯一の道との認識をも示している。「脱炭素化投資」は最も緊急性の高い投資項目で、早めに脱炭素経済へ転換をすることで、「先行者利得」を獲得することができるとの狙いもある。

 2020年7月21日、EU首脳会議は、コロナ禍不況からの経済再建を図るための次世代EU復興基金[iii](注3)の設立に合意した。EU予算とは別に7500億ユーロ(約92兆円)を市場から共同債の発行により調達し、そのうち3900億ユーロは補助金、3600億ユーロは融資を予定する。2021~2027年のEU次期7カ年中期予算案(約1兆743億ユーロ)と合わせると過去最大の1兆8243億ユーロの規模となる。これらのうち「少なくとも30%」は気候変動に充当予定で、環境投資を伴う最大規模の刺激策となる。資金の返済は、EU予算における将来収入(2028年~58年)を充てる。その財源候補として、排出量取引制度(ETS)のオークション収入や国境炭素調整メカニズムなどが言及されている。

 EUは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「グリーン移行」を促進しながら、経済を刺激し雇用を創出するという成長戦略を掲げ、復興基金は、①国の重要な気候・エネルギー計画であること、②欧州グリーン投資分類(タクソノミー)上のグリーン投資に認定されること、③SDGs(持続可能な開発目標)予算との整合性を取ること等を採択条件として、加盟国や地域へ供与される。

 具体的な内容としては、再生可能エネルギー、省エネ、水素などクリーンエネルギーへの資金提供、電気自動車の販売やインフラへの支援、農業の持続可能性を向上させるための措置などが盛り込まれている。次世代EU復興基金の設立により、今後、再エネ、水素、交通システム等次世代の技術・産業に関しEUが一層先行する可能性が高くなる。

 

中国、米国、韓国でも新たな動き

 中国の習近平国家主席は2020年9月22日の国連総会で、二酸化炭素(CO2)排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにCO2排出量と除去量を差し引きゼロにする炭素中立(カーボンニュートラル)、脱炭素社会の実現を目指す、と表明した。

 中国は世界最大のCO2排出国(世界全体の28%)である。中国はこれまでの国際交渉では、先進国の歴史的排出責任を厳しく批判し、自らは途上国であるとして総量削減目標に踏み込まなかったので、今回の方針転換は大きな意味を持つ。

 一方、習主席の宣言は、今後の脱炭素社会への移行を見すえた中国の新たな経済成長策の本格化としての意味ももつ。中国は、すでに太陽光パネルと風力発電設備生産、太陽光発電と風力発電の導入量とも世界一である。風力発電設備容量は世界の約30%を占め、電気自動車生産台数も世界一である。脱炭素社会への移行の加速には中国産業の国際競争力を高める狙いがある。

 米国ではバイデン新大統領が、その就任初日(2021年1月20日)にパリ協定の復帰にかかる文書に署名し、2月19日にはパリ協定に復帰した。さらに前政権が施行した環境関連の規制見直しなどを関係省庁に指示する大統領令に署名した。

 バイデン大統領は、気候変動を4大優先政策課題((1)新型コロナウイルス対策、(2)経済再建、(3)人種的公平性、(4)気候変動)の一つに掲げている。そして、気候変動対策の内政の責任者としての国家気候担当大統領補佐官にはジーナ・マッカーシー元環境保護庁長官、外交面の責任者には、ジョン・ケリー元国務長官を新ポストの気候担当大統領特使(いずれも閣僚級)を起用するなど、強力な気候変動対策チームを構成している。全世界の温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにするという目標に向けて世界をリードする意気込みを示しているのである。

 今後、気候変動に関する選挙公約(①50年までに経済全体でGHG排出の実質ゼロを達成、②持続可能なインフラとクリーンエネルギーに4年間で2兆ドルを投資、③35年までに発電分野からのGHG排出ゼロを達成、など)の実現が順次図られようとしている(表1.バイデン大統領の気候変動政策ビジョン 参照)。

 

表1.バイデン大統領の気候変動政策ビジョン

 出典:環境省CP小委員会

 

 韓国では2020年7月、ポストコロナ経済再建計画として環境分野での雇用創出などを目指し114兆1000億ウォン(946億ドル)を投じる「韓国版グリーンニューディール」が公表され、同年10月28日には文大統領が国会施政演説で、「国際社会とともに気候変動に積極的に対応し、2050年にカーボンニュートラルを目指したい」、と宣言した。

 

菅首相の2050年温室効果ガスネットゼロ宣言

 日本でも菅首相が2020年10月の所信表明演説で、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする(カーボンニュートラル)、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。そして「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではない。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要」と訴え、革新的イノベーションに加えて、規制改革、グリーン投資の普及などを掲げ、環境関係のデジタル化にも言及した。

 日本政府がようやくパリ協定実現に必要な長期目標を掲げたことは画期的であり、コロナ禍と脱炭素社会への移行を同時に目指す取り組みは待ったなしである。しかしながら現状の延長では長期目標の達成は極めて困難である(図2.我が国の温室効果ガス削減の中期目標と長期的に目指す目標 参照)。

 

図2.我が国の温室効果ガス削減の中期目標と長期的に目指す目標

 出典:環境省資料

 

 日本は気候変動による影響が著しく、コロナ危機による経済的打撃も深刻だ。ただし経済復興策が、化石燃料集約型産業や航空業・観光業への支援などにとどまるならば、脱炭素社会への転換のための構造変化は期待できない。復興策は同時に脱炭素社会への移行と転換、そしてSDGsの実現にも寄与するものであるべきだ。

 

脱炭素社会のビジョンと「緑の産業政策」:移行の課題

 主要国が2050年のGHG(温室効果ガス)ネットゼロを宣言し、世界の産業界も脱炭素社会への移行への投資や取り組みを加速する中で、21世紀経済は「脱炭素市場獲得をめぐる国際競争」となる。

 このような世界的趨勢の下、我が国においても2050年の日本の脱炭素化された産業の姿を描き、その実現に向けた「緑の産業政策」構想が必要である。その中で脱炭素化に向けた経済社会変革の具体的道筋を明らかにし、そのための変革実現の政策手段を検討し、支援策や財源を確保することが必要となる。

 現下のコロナ禍からの緑の復興をGHG排出実質ゼロの社会への移行につなげるには、政策、技術、社会システム、ライフスタイルの抜本的転換が必要だ。グリーン投資普及、省エネ徹底、再生可能エネルギー最大限導入による安定的エネルギー供給の確立など日本社会の総力を挙げた取り組みが求められる。

 緑の復興策を実施し、それを脱炭素社会への移行につなげることが、将来世代への責任を果たすこととなる。そのためには、当面以下の課題への取り組みが必要である。

 第1は2050年に私たちはどのような社会を目指すのか、すなわち脱炭素社会ビジョンの明確化である。脱炭素社会の構築は、人々に我慢を強いるものであってはならない。より豊かで夢のある、私たちの望む日本の未来の姿を、市民参加でつくっていくことが重要だ。

 第2は自立・分散型の地域社会(地域循環共生圏)づくりの推進である。再エネなどの地域資源の活用、地産地消、省エネ・省資源化を図り、より多くの雇用を地域で創出することが重要となる。それらを通じて、質の高い暮らしと人々の厚生の向上に貢献する経済システムへの転換を図ることが見込める。そして最新の技術を活用した、新たなワークスタイル・ライフスタイルの確立などが期待される。

 第3は30年までのGHG削減目標の強化(30年までに1990年比で少なくとも45%削減)と再エネの導入目標の引き上げ(再エネ電力目標として40-50%)である。

 第4は計画と規制による実効性あるガバナンスの強化である。具体的には地球温暖化対策計画及びエネルギー基本計画の統合的改定、炭素予算(カーボンバジェット)導入によるGHG総排出量の段階的削減と、そのモニタリングである。さらに再エネ大幅拡大策として、再エネの優先給電や配電系統の強化、脱化石燃料策として石炭火力計画中止、既存石炭火力の段階的廃止の明確化も必要だ。

 第5は環境政策・経済成長政策としてのカーボンプライシング(CP、炭素の価格付け)の導入である。段階的に炭素価格が上昇することにより、技術革新や低炭素インフラの開発が促進され、ゼロ炭素ないし低炭素の財やサービスへの移行が早まり、経済全体として費用効果的CO2排出削減が可能となる。

 また、CPによって炭素生産性の向上と収益率の引き上げが同時に達成できることが理論的・実証的にも指摘されている。すなわち、CPにより、エネルギー汚染集約度の高い企業は炭素生産性を高めるか、事業からの撤退を迫られる。その結果、炭素集約的で低収益な事業から低炭素で高収益な事業への転換が促進され、低炭素な経済成長が促進される。

 第6は、政策形成過程への参加型かつ熟議型プロセスの導入だ。現行の日本のエネルギー・環境政策決定プロセスは、国民参加や情報公開が不十分なまま、行政と一部産業界主導で政策や予算が決定され、決定内容が国民に一方的に伝えられる傾向が強い。日本版緑の復興と脱炭素社会への移行戦略は、このような政策決定プロセスの構造を改革し、民主的かつ透明なプロセスを経て形成・実施すべきである。

 

おわりに

 パリ協定とSDGs とが示す新たな社会のビジョンはどのようなものか。それは基本的人権に基づく社会的基盤の向上を図りながら、地球システムの境界の中で、貧困に終止符を打ち、自然資源の利用を持続可能な範囲に留め、環境的に安全で、地球上のすべての人々が例外なくその生活水準(well-being )の持続可能な向上が図られる社会と定義できる。その前提として、自然環境・社会的インフラ・制度資本から構成される社会的共通資本が適正に維持されねばならないし、そのための新たなガバナンスや政策が求められるのである。

 我が国は太陽光・地熱・風力などの再生可能エネルギーや蓄電池に関する技術、そしてハイブリッド車や燃料電池車などの自動車技術等々、個別の脱炭素産業技術において最近まで世界的にも優位な地位を占めていた。しかしながら脱炭素化に向けた政府としての野心的な目標設定が立ち遅れてきたこと、カーボンプライシングなどの経済的刺激策の導入が乏しかったこと、石炭火力などに過度に依存してきたことなどから、現状では脱炭素市場獲得をめぐる国際競争に立ち遅れているといわざるを得ない。個々の産業技術の強みを生かしながら、デジタル化への対応を進め、総体としての脱炭素化に向けた経済社会変革が必要である。そのための鍵となるのが炭素税などの適切なカーボンプライシングの導入と、有形資産(工場、機械など)のみでなく、ソフトウエア、新たな技術・事業アイデア、それらを生み出すための研究開発・人材教育・組織改革などの無形資産への投資の拡充策が重要となる。

 

 

(注1)

https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses

(注2)

IPCC1.5℃特別報告書など https://www.ipcc.ch/sr15/

(注3)

https://ec.europa.eu/info/strategy/recovery-plan-europe_en

 

参考文献

 

松下和夫(2021)『気候危機とコロナ禍:緑の復興から脱炭素社会へ』文化科学高等研究院出版局

諸富徹(2020)『資本主義の新しい形』岩波書店

スティグリッツ、ジョセフ(2019)『プログレッシブ キャピタリズム』東洋経済新報社

リフキン、ジェレミー(2015)『限界費用ゼロ社会』NHK出版

リフキン、ジェレミー(2020)『グローバル・グリーン・ニューディール』 NHK出版

松下 和夫

京都大学名誉教授
公益財団法人地球環境戦略研究機関シニアフェロー